事業承継の進め方|後継者不在を乗り越える中小企業のM&A・引継ぎガイド
「自分の代で会社を終わらせるしかないのか」。後継者がいない中小企業の経営者にとって、事業承継は避けて通れない、しかし正面から向き合いづらいテーマです。長年かけて育ててきた事業、従業員の雇用、取引先との関係――これらをどう次の世代に引き継ぐか。答えが見つからないまま時間だけが過ぎていく、という経営者は少なくありません。
中小企業庁の調査によれば、中小企業の経営者の平均年齢は60歳を超えており、今後10年間で約245万人の経営者が70歳以上に達すると推計されています。そのうち約半数は後継者が未定とされ、このまま何も手を打たなければ、年間数万社規模の廃業が発生し、約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性があると警鐘が鳴らされています。
しかし、事業承継は決して「詰み」ではありません。親族内承継だけでなく、社内承継やM&Aによる第三者承継など、選択肢は確実に広がっています。本記事では、中小企業の経営者が事業承継を成功させるための具体的な進め方を、3つの承継方法の比較、5つの実行ステップ、そして活用できる公的支援制度とともに解説します。
中小企業の事業承継が「待ったなし」である理由
事業承継の問題は、数字で見ると深刻さが際立ちます。帝国データバンクの「全国企業『後継者不在率』動向調査」によれば、全国の企業のうち後継者が不在の割合は約5割超で推移しています。特に地方の中小企業ほどこの傾向が顕著で、経営者の高齢化と後継者不在が同時進行しています。
さらに深刻なのは、黒字のまま廃業に追い込まれるケースです。中小企業庁の資料によると、休廃業・解散する企業のうち、約6割は直前期の経常利益が黒字であったとされています。事業としては十分に成り立っているのに、後継者がいないという理由だけで事業が消えてしまう。これは、その企業だけの問題ではなく、地域経済全体にとっての損失です。
事業承継には、準備から完了まで一般的に5年から10年の時間がかかるとされています。「まだ元気だから」「まだ先の話だから」と先送りにしていると、選択肢がどんどん狭まっていきます。だからこそ、今この瞬間から動き始めることが重要なのです。
3つの事業承継方法を比較する
事業承継には大きく分けて3つの方法があります。それぞれにメリットとデメリットがあり、自社の状況に合った方法を選ぶことが成功のカギです。
1. 親族内承継
最も伝統的な方法であり、日本の中小企業では長年主流だった承継方法です。経営者の子どもや親族に事業を引き継ぎます。
メリット:
- 社内外の関係者から心理的に受け入れられやすい
- 後継者の育成期間を長く確保できる
- 相続による株式移転が可能で、所有と経営の一体化を維持しやすい
- 経営理念や企業文化を継承しやすい
デメリット:
- 親族に経営能力や意欲がある人材がいるとは限らない
- 相続税・贈与税の負担が大きくなる可能性がある
- 親族間の利害調整が難航するケースがある
- 後継者候補が「継ぎたくない」と考えている場合も増えている
中小企業庁の統計を見ると、親族内承継の割合は年々低下しており、かつては9割を超えていたものが、近年では約3〜4割程度にまで減少しています。後継者候補の価値観の多様化や、都市部への人材流出が背景にあります。
2. 社内承継(従業員承継・MBO)
役員や従業員の中から後継者を選び、事業を引き継ぐ方法です。MBO(Management Buyout:経営陣による買収)として実行されることもあります。
メリット:
- 事業内容や社風を熟知した人材が引き継ぐため、事業の継続性が高い
- 従業員や取引先にとって変化が少なく、安心感がある
- 後継者の能力や人柄を事前に見極められる
デメリット:
- 株式取得のための資金調達が後継者にとって大きな負担となる
- 個人保証の引き継ぎ問題が発生する
- 他の従業員との関係調整が必要になる
- 経営者としての視座・覚悟が求められるが、準備が不十分なケースがある
社内承継は近年増加傾向にあり、親族内承継に次ぐ選択肢として注目されています。ただし、後継者となる従業員の資金調達支援や、経営者としてのトレーニングが不可欠です。
3. M&A・第三者承継
社外の第三者に事業を譲渡する方法です。近年、中小企業のM&Aは急増しており、事業承継の有力な選択肢として定着しつつあります。
メリット:
- 後継者が親族や社内にいなくても事業を存続できる
- 経営者は株式譲渡による対価(創業者利益)を得られる
- 買い手企業のリソース(資金、人材、販路)を活用し、事業を成長させられる可能性がある
- 従業員の雇用を守れる
デメリット:
- 最適な買い手を見つけるまでに時間がかかることがある
- 経営方針や企業文化が変わる可能性がある
- M&A仲介手数料などのコストが発生する
- 従業員や取引先が不安を感じる場合がある
中小企業庁によれば、事業承継・引継ぎ支援センターでのM&A成約件数は年々増加しています。かつてはM&Aに対して「身売り」「乗っ取り」といったネガティブなイメージがありましたが、今では「事業を守るための前向きな選択」として認知が広がっています。
事業承継を成功させる5つのステップ
事業承継はある日突然実行できるものではありません。計画的に準備を進めることが成功のカギです。以下の5つのステップに沿って進めましょう。
ステップ1:現状を把握する
まずは自社の「見える化」から始めます。経営状況(財務・事業・知的資産)を正確に把握し、会社の強み・弱み、潜在的なリスクを洗い出します。
- 財務状況:貸借対照表、損益計算書、キャッシュフローの整理
- 事業の強み:取引先との関係、技術・ノウハウ、ブランド力
- 潜在的リスク:簿外債務、訴訟リスク、キーパーソンへの依存度
- 株式の分散状況:株主構成の確認
この「見える化」は、どの承継方法を選ぶ場合にも必ず必要になります。第三者に事業を説明できる状態にしておくことが、スムーズな承継の第一歩です。
ステップ2:承継方法を検討・決定する
現状把握を踏まえ、3つの承継方法のうちどれが自社に最適かを検討します。この段階では、早めに専門家に相談することを強くお勧めします。税理士、弁護士、中小企業診断士、あるいは後述する事業承継・引継ぎ支援センターなど、客観的なアドバイスを得ることで視野が広がります。
一つの方法に固執せず、複数の選択肢を並行して検討することも大切です。「親族内承継を目指しつつ、M&Aの可能性も探る」といった柔軟なアプローチが、結果的に最善の判断につながります。
ステップ3:事業承継計画を策定する
承継方法が決まったら、具体的なスケジュールと行動計画を策定します。中小企業庁が公表している「事業承継ガイドライン」では、以下の項目を計画に盛り込むことが推奨されています。
- 承継時期の目標設定(5年後、10年後など)
- 後継者の育成計画(社内ローテーション、外部研修、経営塾など)
- 株式・資産の移転スケジュール
- 関係者(従業員、取引先、金融機関)への説明・周知の計画
- 税務・法務上の対策
計画は一度作って終わりではなく、定期的に見直しながら柔軟に修正していくことが重要です。
ステップ4:実行に移す
計画に基づき、具体的なアクションを実行していきます。後継者への権限委譲を段階的に進め、取引先や金融機関への紹介、従業員への説明など、関係者とのコミュニケーションを丁寧に行うことがポイントです。
M&Aの場合は、買い手候補の探索、条件交渉、デューデリジェンス(買収監査)、最終契約という流れになります。この過程では、M&A仲介機関や事業承継・引継ぎ支援センターのサポートを活用しましょう。
ステップ5:承継後のフォローアップ
事業承継は、契約が成立した時点で終わりではありません。承継後の一定期間、前経営者がサポートに回ることが、事業の安定的な継続に大きく寄与します。
後継者が独り立ちするまでの移行期間を設け、取引先との関係構築や、従業員との信頼関係づくりを支援します。また、承継後に発生する予期せぬ課題への対処についても、前経営者が助言できる体制を整えておくと安心です。
活用できる公的支援制度
事業承継に取り組む中小企業を支援するために、国や自治体はさまざまな制度を用意しています。これらを活用しない手はありません。
事業承継・引継ぎ支援センター
全国47都道府県に設置されている公的な相談窓口です。事業承継に関する相談対応からM&Aのマッチングまで、無料でサポートを受けることができます。中小企業庁の委託事業として運営されており、中立的な立場からアドバイスをもらえる点が大きな特徴です。
特に、後継者が見つからない場合の「後継者人材バンク」や、小規模なM&Aのマッチング支援は、民間のM&A仲介会社ではカバーしきれない規模の案件にも対応しています。
事業承継税制(特例措置)
後継者が先代経営者から非上場株式を相続・贈与により取得した際の、相続税・贈与税の納税を猶予・免除する制度です。特例措置では、対象株式の全株について、納税が100%猶予されます。
ただし、適用には「特例承継計画」の提出が必要であり、一定の要件を満たす必要があります。詳細は税理士や都道府県の担当窓口に確認しましょう。
事業承継・引継ぎ補助金
事業承継やM&Aをきっかけとした新たな取り組みに対して、補助金が交付される制度です。事業承継後の設備投資や販路開拓、M&Aの仲介手数料などが補助対象となります。公募時期や要件は年度によって異なるため、中小企業庁のウェブサイトで最新情報を確認してください。
よろず支援拠点・商工会議所
事業承継に限らず、経営全般の相談に無料で対応してくれる公的機関です。事業承継の入り口として、まずは地元の商工会議所やよろず支援拠点に相談してみるのも有効な一歩です。
DXで企業価値を高め、承継の選択肢を広げる
事業承継を成功させるうえで、近年ますます重要になっているのがDX(デジタルトランスフォーメーション)による企業価値の向上です。
特にM&Aによる第三者承継を検討する場合、買い手企業が重視するのは「その会社が将来どれだけの利益を生み出せるか」です。業務のデジタル化が進んでいる企業は、属人化のリスクが低く、業務プロセスが標準化されているため、買い手にとって魅力的な投資対象になります。
具体的には、以下のようなDXの取り組みが企業価値の向上につながります。
- 業務プロセスのデジタル化:紙ベースの業務をクラウドツールに移行し、業務の見える化と効率化を実現する
- 顧客管理のシステム化:営業活動や顧客情報をCRMで一元管理し、属人化を解消する
- データに基づく経営判断:財務データ、売上データをリアルタイムで把握し、迅速な意思決定を可能にする
- オンラインでの販路拡大:ECサイトやSNSを活用し、地理的制約を超えた事業展開を目指す
親族内承継や社内承継の場合でも、DXによって経営の「見える化」が進めば、後継者が引き継ぐ際のハードルが大幅に下がります。暗黙知や属人的なノウハウをデジタル化しておくことは、スムーズな承継の土台づくりそのものです。
まとめ:事業承継は「終わり」ではなく「次の始まり」
事業承継は、経営者にとって重い決断です。しかし、それは事業の「終わり」ではなく、次の世代への「バトン」を渡す行為です。
本記事のポイントを整理します。
- 事業承継は「待ったなし」:経営者の高齢化と後継者不在が同時進行しており、準備開始は早ければ早いほどよい
- 3つの方法を柔軟に検討する:親族内承継、社内承継、M&Aのそれぞれにメリット・デメリットがあり、自社に最適な方法を選ぶ
- 5つのステップで計画的に進める:現状把握、方法の決定、計画策定、実行、フォローアップの順序で着実に進める
- 公的支援制度を積極的に活用する:事業承継・引継ぎ支援センター、事業承継税制、補助金など、使える制度は多い
- DXで企業価値を高める:デジタル化による業務の標準化・見える化が、承継の成功確率を上げる
「後継者がいないから仕方ない」と諦める前に、まずは一歩踏み出してみてください。事業承継・引継ぎ支援センターへの相談は無料です。あなたの会社の技術、雇用、取引先との信頼関係——それらを未来につなげる方法は、きっと見つかります。
株式会社Sei San Seiでは、地方企業のDX推進を通じた企業価値向上をご支援しています。事業承継に向けた業務デジタル化や、データに基づく経営の仕組みづくりにお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。